ここ数回、問題解決力を鍛えるうえで私が重要だと考えている、いわば左脳的なスキルについて議論してきました。
MECEやロジック・ツリーによる構造化、そしてそれらを一本のストーリーとして描き切る力。
これらはいずれも、論理的思考に基づく重要な「技」だと思います。
■ 違和感から始まる問い
その中で前回、「違和感を感じ取るセンス」も大切ですね、という話をしました。
最近は、AIを相手にブレインストーミングをしたり、具体的なアクション案を提示してもらう機会も増えていると思います。
そんなときにふと浮かぶ、
「あれ? なんだかここ、おかしくないか?」
という感覚。
この違和感を突き詰めていくプロセスこそが、問題解決において重要な「問いを立てる力」につながっていくのではないか。
今回はその点について考えてみたいと思います。
■ 「質問する力」は問題解決の基礎技術
問題解決において「質問する力」が重要であることは、大前研一さんも繰り返し指摘しています。

“所与の条件を所与のものとしてあきらめず、様々な角度から質問し、問題点を見つけ、解決策を打ち出していく「質問する力」が必要”
“「参謀たる者は前提条件を疑え」。常に“なぜ”の繰り返し”
『質問する力』 大前 研一 著
「なぜを5回繰り返せ」
トヨタのKaizenでも有名な考え方で、聞いたことがある方も多いでしょう。
■ なぜ「なぜ」を繰り返すのか
では、なぜ私たちは何度も質問を繰り返すのでしょうか。
それは、
自分が感じている違和感の正体=本質的な問いにたどり着くため、なのだと思います。
脳科学者の茂木健一郎さんも、こう述べています。

”あいまいにしていることを、自分が実際にできる具体的な問題に書き換えること。ベストな解決法でなくてもいいから、努力できる方法を見つける。それが、「いい質問」の意味なのです。”
”疑問=感情力(モヤモヤと違和感を感じる力)
質問=論理力(解決につながる形にする力)”
『最高の結果を引き出す 質問力』 茂木 健一郎 著
問いを立てる力は、確かに論理的思考に支えられた「技」でもあります。
■ 正しい問いは、スキルだけではたどり着けない
ただ、私は最近こうも思うのです。
「正しい問いを立てる力」は、本当に左脳的なスキルだけなのだろうか?
- 相手は何に困っているのだろう
- なぜ、今うまくいっていないのだろう
- なぜ、あの人はそんな行動を取ったのだろう
こうした問いの出発点には、もっと本能的なものがある気がしています。
■ 問いの源泉は「好奇心」にある
私は、「好奇心」こそが問いの源泉なのではないかと思っています。
山梨広一さんは『プロボカティブ・シンキング』の中で、次のように述べています。

“プロボカティブ・シンキングで最も大切なのはマインドセット。その鍵のひとつが「好奇心」である。”
注)プロボカティブ・シンキングは、感情や行動を刺激し、より前向きに、より積極的に、思考・行動すること。
『プロボカティブ・シンキング 面白がる思考』山梨 広一 著
以前紹介したオードリー・タンさんも、こう語っています。

”好奇心とは、答えを見つけることではない。
探求し続けることそのものだ。”
『私はこう思考する』 オードリー・タン 著
「なぜを5回」と聞くと、その行為自体が目的化してしまいがちですが、本質は探求し続けたいという気持ちなのだと思います。
■ 「正しい問い」は本当に存在するのか
そもそも、「正しい問い」という考え方自体が、ひょっとすると間違っているのかもしれません。
問いに正解・不正解があるのではなく、自分が納得するまで問い続けられているかどうか。
もちろん最終的には、自分なりの答えや最適解を見つけることが目的です。
そしてそのプロセスでも、やはり「好奇心」が原動力になっているのだと思います。
■ 好奇心は鍛えられるのか
創造性のプロセスは、多くの研究で「好奇心」から始まるとされています。
では、その好奇心は鍛えられるのでしょうか。
『好奇心脳』には、こんな指摘があります。


“まずは、毎日の生活の中から「慣れ」を排除していきましょう。「いつも同じことをしているなあ」と感じることがあれば(思い当たる方は少なくないはずです)、少し違った方法でやってみる、今まで経験したことのない新しいことに挑戦してみるー。これが「脱・自動化」。その結果が新たな「好奇心」の芽生え、脳の成長につながっていくのです。”
『好奇心脳』 加藤 俊徳 著
■ AI時代に「問いを立てる」とはどういうことか
好奇心をもって事象を眺め、違和感を大切にし、探求し続ける。
その積み重ねが、「問いを立てる力」につながり、AIをより良いパートナーとして使いこなす土台になる。
そんなふうに、私は考えています。
いかがでしょうか。





